人類大系序説
アルトゥル・ショーペンハウアー

「人間の内なるものこそ、真なる幸福の源泉である。」

アルトゥル・ショーペンハウアー

1788年2月22日 - 1860年9月21日。ドイツの哲学者。世界を表象としてとらえ、その根底にはたらく<盲目的な生存意志>を主張した。独自の厭世的観念論は、その後のドイツ哲学思想に大きな影響を与えた。主著に『意志と表象としての世界』等。

フョードル・ドストエフスキー

「人間は愛さえあれば、幸福なんてなくても生きていける。」

フョードル・ドストエフスキー

1821年11月11日 - 1881年2月9日。ロシア帝国の小説家、思想家。19世紀を代表するロシア小説を代表する文豪。キリスト教的人道主義から多くの作品を発表し、世界文学における頂点を創造した。主著に『罪と罰』『白痴』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』等。

パウル・ナトルプ

「人間は、共同体によってのみ人間になることができる。」

パウル・ナトルプ

1854年1月24日 - 1924年8月17日。ドイツの哲学者。マールブルク学派の創始者の一人。プラトン的イデア論に基づく哲学を重んじ、永遠的な理性の陶冶をめざす社会的教育学を説いた。主著に『社会理想主義』『ペスタロッチーその生涯と理念』等。

エルンスト・カッシーラー

「人間の記憶も想像も、すべて共通の絆によって結ばれている。」 

エルンスト・カッシーラー

1874年7月28日-1945年4月13日。ドイツの哲学者、思想家。言語や知覚をシンボル形式によって分析し、人間の文化を有機的な統一過程の一部とする壮大な「文化の哲学」を展開した。主著に『シンボル形式の哲学』、『人間』等。

第二部「失敗」

人間は普遍の要素であり、特定の存在では決してありえない。それは常にふたたび磁極を発見する磁針のように働き、中心をめぐって自由に動きうる状態を保つ。一人であるところの人間は概念の届かないところにあり、思考することはできない。いかなる論理的関係もそれを対象とすることはできず結果として導くこともできない。人間はあらゆるものの彼岸にあり、永遠の灯火に照らしてのみ明らかになる。その姿はいつも根源的であり、一切の媒介を越えて原始的な、言うなれば一つの問いそのものである。
その問いであるところの人間が、まさに答えを求め始めた。自ら分割された自己自身が、自我となって虚無の中へ迷い込んでゆく。自己という果てしない幻想が、回答を求めようとする人間をまさに正反対の方向に進ませる。空想の鏡の中に自己を反映させるうちに、無限の可能性の深淵が自己そのものをのみつくしていく。永遠の相から遠ざかり、導きの糸はとぎれ、魂は手放しの気球のように夢幻の領域をさまよっていく。必然性から切り離されたひとびとが、地上の運命の中でもがいている。
迷える魂にとって人生は、無限に繰り返す円環のようなものになった。自ら扉を開き、やっと踏み入った道はすでに反対の終点に閉ざされている。出口は永遠に見えず、視界はさらに暗く狭まっていく。何ものをも信じることができず、自己を求めてさらに深い闇のなかに誘い込まれる。この断裂が深くなるほどひとびとの精神は自己を取り戻すのが難しくなる。万事にわざわいしているのは、いったん目覚まされ不気味に育て上げられた人間の貪欲性である。所有による欲望の充足は、愛とは正反対の方向である。
膨大した自我によってむしろ真の個体性は著しく欠如し、魂の飢餓が癒されないまま人間は生まれ変わりを続けている。それは死にも似た悲しみである。無数に重なり合う分裂のなかで自我が乱反射し、万人が万人を強制し合い、魂の不信感が宇宙に蓄積している。進んでいると思っている文明は苛烈な炎の中に逆行し、万人が鎖の圧迫にもがき解放を叫んでいる。人間の中にある自力が弱体化し、ほとんど消滅しかけている。その結果、万人が万人と戦っているのみでなく、ほとんどあらゆる個人が自分自身と戦っている。
根源的にゆらいする内奥の力。それが魂と呼ぶものである。この大いなる力が奉仕するべき自己の主体を求めて、しかも発見できないでいる。このエネルギーが己自身を発見し、己自身の中で自己を捉えるまでは仮死状態のままである。これを救うためには人間自身が魂を導かなければならない。大いなる自己との一致を探し求め、それに近づかなければならない。
人間が真の自己となり、大いなる自己と一致すること。それは聖なるものへの個人の帰還を意味する。この衝動は宇宙の響きである。魂には真理を認識し、愛の要求に応え、正義に同意する能力が備えられている。その能力と自己とを一致させなければならない。自己の純粋性を高め、その領域を広げていきなさい。できるかぎり自他の境目をなくし、意識をぜんたいの幸福へ向け変えなさい。所有そのものを手放し、小我を没して大いなる創造に奉仕しなさい。それがただ一つ自由への通路を開く鍵である。
自己領域の拡大、それが神に属することであり真の人間になるということである。そこには人為的な媒介が必要である。神人としての守護霊が冥府への先導者となり、ひとびとを自己から解放して導くだろう。万人の中に汝自身を覚醒させ、彼の中で指導がはじまるだろう。有限の世界から解き放たれた魂は、永遠の世界に参与していく。愛はすべてを同一のものとして捉え、地盤を新たにしようとするだろう。一度認識された真理はついに克たずにはおかない。これは人間にとって最も信頼に値する天上の国の思想である。
愛による創造のみが神の国の活動である。しかし創造そのものは意欲することはできない。自己の精神のうちに深くゆるぎなく刻印されたものを捉え、それをたしかな意識にもたらしなさい。眠っているものに語りかけ、そして全霊をもって自らを呼び覚まし、もっとも気高いことばで語るようにさせなさい。意識は天界からの恩寵である。心だけが自らの中にその奔流を感じることができる。その呼びかけを受け取るために、大いなる存在にあなたの主導権を明け渡しなさい。心の眼を澄みわたらせ、自己の境目をなくし、根底にある深い動きを追いなさい。その声は宇宙の響きである。人間は内なる良心の働きにおいて神と繋がっている。
志向の眼が清らかであるほど、魂は自己のうちにいっそう強い力を見出してゆくだろう。大いなる理想を追求することで魂に調和がもたらされ、神と人間はその世界において霊的に一致する。それは完全なる洞察の世界である。だから主観を押しさげ、自己領域の拡大に努めなさい。あなた自身が使者として、魂の方向を手助けして導きなさい。自己と他者のあいだに架かる聖なる橋、それがあなたである。その範囲が目に見えず広がっていくことを目指しなさい。そしてその橋の架け方を他の者にも教えなさい。
人間一人ひとりの心の中に人類は存在する。あなた自身が人類の橋になりなさい。その橋は前にも同じ魂が渡ったことのある橋である。そこに多くの魂が宿り、偉大な光となって広がっていくだろう。数多くのもののうちに唯一つを、過行くもののうちに永遠を取り出しなさい。人間の苦しみは癒され、ひとびとは愛を取り戻し、魂はさらなる高次へと高められる。
人類が自ら大きなつながりと結びなおすために、自己を浄め高く差し上げなさい。自己と他人の区別がつかなくなった時、宇宙の潮があなたを持ち上げ、心は歓喜するだろう。隠れた霊性を突如として抱きしめるように、流れ出るよろこびの歌が宇宙の果実になっていく。光は神とともにすべてのものを貫き、行くべき道を指し示すだろう。
人間は宇宙の心である。心は生まれもせず死にもしない。現世はいずれの瞬間にも存在せず、今ある世界は過去にも見たことのある魂の記憶である。魂とは自己を含めた誰かでもある。誰かというのは、そうである以上、誰でもない。自己の心のもっとも尊い部分を掘り出せば、そこで見出されるのは名前がつく前の魂である。

第三部「意志」 →