人類大系序説
アンリ・ベルクソン

「我々は知覚において、知覚そのものを超越する何かをとらえる。」

アンリ・ベルクソン

1859年10月18日-1941年1月4日。フランスの哲学者。近代の科学的な思考方法を斥け、生きた現実の直観的把握を目指す態度をとった。意識の底に直覚される持続的な力の存在を主張し、「生の哲学」の潮流を生み出した。主著に『物質と記憶』『創造的進化』等。

西田幾多郎

「真理を知るということは、大いなる自己の実現である。」

西田幾多郎

1870年5月19日-1945年6月7日。日本の哲学者、京都学派の創設者。伝統的な西洋哲学を東洋思想の視野の中で捉え、近代哲学史に一石を投じた。「無の境地」を理論化した純粋経験論は西洋哲学にも影響を与えている。主著に『善の研究』『哲学の根本問題』等。

ジョサイヤ・ロイス

「自己のもっとも崇高な形は、大いなる愛への一致である。」 

ジョサイヤ・ロイス

1855年11月20日-1916年9月14日。アメリカ合衆国の哲学者。神の概念のもと人類を有機的な自己へと結びつける一元論を説いた。自己概念の普遍化はアメリカ理想主義の原形となった。主著に『哲学の宗教的側面』等。

カール・ヒルティ

「もっとも幸福な人とは、個人的な利己心ではなく、偉大な思想に自らを捧げる人である。」

カール・ヒルティ

1833年2月28日-1909年10月21日。スイスの哲学者、文筆家。敬虔なキリスト教徒として神、人間、生、死、愛などの主題を用いて、現代の予言者とも評されるほどの思想書を書き残した。主著に『幸福論』等。

第三部「意志」

人類は今も昔も、深い眠りに落ちたままである。そして不思議な夢の世界のあとを追っている。それは肉眼が眺めるものよりもずっと深い夢である。闇の中にひとつらなりの記憶の火を灯しながら、人間はふたたび永遠の中に生き続ける。美しい砂浜にどこまでも続く足跡を見るように、われわれは過去を知らず未来を知らない。しかしすべての人間がそこにいる。
胸中を去来するものは魂のふるさとである。そして人生はどこまでも恩寵であり霊感である。霊感とは一切のいわゆる知性が人間の力の泉を汲んで得られるものである。心の内奥に直接に感じ、生きたまま働く直観を育てることが恩寵の上に立つための条件である。すべてことばに言い表せないもの、わずかに察知されるもの、感得されているものの気配。そこにはひたすら深い底へと立ち戻らせて開示されるべき真意がある。人間の心に打ちよせる造化の響き、そのどれもが魂にとっては見覚えのある一つ一つであるに違いない。
あらゆる実在は一切の過去を繰り延べて新しい。それは一瞬で照らし出される稲妻のように確かであり、しかし定点はどこにも存在しない。記憶とは過去の事実ではなくこれから起こることの記憶である。深い実在の中で再生をくり返す人間は、魂の声を頼りにしてのみ方角を得ることができる。すべての区分が無効化される神の息吹の中で、人間は自分が誰かを最後まで知らない。しかし要求は思惟の上からふりそそぐ。人智の守護神のささやく声が聞こえる者は道を誤ることがありえない。霊感に発してわれわれの中に注ぎ入ろうとする目覚めの受容。どれほど深いものも遠いものも聞き取るように開かれた耳。それこそ人間の最高位に値する能力である。
全身全霊を捧げよと要求し、自ら実現へと向かう夢。その夢はやはり後世の記憶からも、朽ち果てた夢からも影響を受けている。人間の中心はどこにも存在しない。人間の魂は幾千年を通じて不易に現存し、われわれの内に偏在する。奥行きを越えた世界で、われわれは意味となる以前のものと隣り合わせに接している。この未知の使命からの呼びかけを聴いた者にとっては孤独が避けがたい掟となるだろう。自分のために用意された道をたどろうとするものだけがその声を聞くことができる。そこでは永遠のことばと形式が自らの意思をもって輝き出る。われわれは誰かにとっての夢であり、何かを目指してはたらく力の一部である。
真理を知るとは大いなる自己に従うことである。そして高い天賦とは上に立つことであると同時に、命令されることの意味でもある。現実を遥かに越えた霊知の予感、それは汝における能力がひとり正しく場所を得て、大いなる流れと合流するときに花を咲かせることができる。覚醒は自己と汝の一致であり、それは自らまったく力を貸して成っていく意志に任せることを指す。永遠から汲まれた理念はきらめく姿でわれわれが造るべき建物を示すだろう。その呼び声はあまりにも高く響き、魂はこれを聞かざるを得ない。
自己の意思を越えた運命そのもの、それと一体となりなさい。人類は無言の宇宙にとりまかれている。絶対的な領域では汝が我を吸収しており、我はまったく汝の中に消滅している。自己に絶えず別れを告げ、自己放棄を行うことができるようになれば、現実の世界はより純粋さと明晰さを帯びるようになるだろう。自己を越えるものに身を投げ出すことによって、人間ははじめて本来の力を使うことができる。この事実を完全に洞察しつくし、自己滅却の道を行くことが天職に召された者の態度である。
自己の心を人類に一致させなさい。心は万人に共通し、その神秘は宇宙を越えて波及する。自我の大いなる自覚のために沈黙に耳を傾けなさい。汝とは呼びかけであり一つの合図でもある。大いなる直観が心を通じて受け取らせた印象が、あなたに指し示す方向を信じなさい。そこに死生を超えた偉大な人類の体系がある。その頂点はわれわれの心を通して純粋な天空のうちに高められる。しかし謎を了解しようとする限り、その者の目に真実は決して映らない。自らがその夢の一部となり、あなたの真実のことばに話させなさい。そこにはすべてのひとびとの心に記された全人類に不変の法則が誌されている。
あなたが考えたものではなく、神があなたに授けたものを尊びなさい。その中で、あなたが生まれた理由にもっとも美しい夢を与えなさい。目が覚めた瞬間には忘れられてしまう意識の夢、われわれはこの予言的な夢の監督下にある。その声が正しく聞こえるように星よりも遠いところから響く声を捉えなさい。洞察という高所に立ち、絶対感覚を育てなさい。音のない静寂の通り道になりなさい。沈黙は神の遂行のしるしであり、ときには死者の思想との交流を意味する。その意志疎通だけがわれわれの存在を可能にする。
人類のこのもっとも古くからの要求は、すべての人々の内面的拘束からの解放を意味している。必要なのはその力を持った精神である。われわれには頭脳よりももっと賢い何ものかが宿っている。内面の海にたたずみ、沈黙の中に響く無音の声を聞きなさい。ひとびとの心に広く眼をそそぎ、人類の心を知りなさい。大いなる記憶を取り戻し、われわれの魂が正しく定位するように努めなさい。そうすることで魂は全面的に自己のなかで自己自身を捉え、さらに自己がそれ以上のものであることを悟るだろう。
過去に受け継がれてきたあらゆる関連の中から、あなたに配られた役割に接しなさい。共同体の魂がさらに高まっていくように、あなたがこれからすることを示しなさい。古今の精神を一体とみなし、ともに一つの泉をくむ者として永遠の価値あるものを求めなさい。人類たるものがこの世界で何をすべきか。その思索の炎の中においてのみ、われわれの魂は生き続ける。生まれる前からの約束がふたたび私という場所に出会うとき、それを自己自身の記憶として思い出すだろう。
真理への情熱を絶やしてはならない。大いなる心だけがあなたを未来のもとへ連れて行く。未来とはその時々に築き上げられる現在と同様、むしろ永遠である。我々が生まれる前にも後にも永遠は存在した。その目醒めの中にあなたを生みだした意志の力が存在する。世に在りながら自己に囚われぬ者にとって、神秘は常に実在である。

第四部「責任」 →